~生きとし生けるものが幸せでありますように~

ダンマナンダ長老
『ハッピー・マリード・ライフ - 仏教の教える幸せな結婚生活とは?』

第一章 はじめに

仏教徒の観点からは、結婚は神聖なものでも卑しいものでもありません。
仏教は結婚を宗教的な義務とも、天に定められた秘跡ともみなしません。
ある皮肉屋はこう言います。
「ある人々は結婚は天において計画されたものだと信じるが、別の人々は地獄にもまた記されていると言っている」と。
結婚は基本的に、個人的な義務でもあり、社会的な義務でもありますが、強制的なものではありません。男性と女性は互いに結婚するか独身のままでいるかの自由を持たねばりません。このことは、仏教が結婚に反対しているということを意味しません。この世の誰も、結婚が悪いとは言わないでしょうし、結婚に反対な宗教は存在しないでしょう。

実際に、あらゆる生きとし生けるものは、性的な生活(セックス・ライフ)の結果としての存在です。人間においては、社会が人類の種の永続化を保証するため、また若者がお互いをケアすることを確約するために、結婚の制度は生じてきました。子どもは、セックスの快楽を通して生まれてくるけれども、少なくとも子どもが育つまではパートナーたちは責任を持つべきである、という主張に結婚は基づいています。そして、結婚は、この責任を支え、成し遂げることを確実にします。

社会は、お互いに縒り合され、相互に依存している関係のネットワークを通してできあがってきています。あるグループやコミュニティにおいては、あらゆる関係は、他の人々を助け守ろうとする誠心誠意のかかわり合いです。結婚は、助け合い守り合う関係の、この強い網の目における、最も重要な部分を演じます。

良い結婚とは、衝動ではなく理解から、単なる耽溺からではなく忠実さから、次第に育ち、発達するべきものです。
結婚の制度は、文化の発達のために良い基礎を与え、二人の個人の喜ばしい結びつきを育て、孤独や欠乏や不安を免れるようにします。
結婚においては、家族の世話と扶養において、相手に強さと道徳的勇気を与え、相手の能力に対して支えとなり感謝を伝えるような承認をお互いに明示し合い、お互いにパートナーを補い合う役割を発達させます。
結婚においては、お互いに相手を補完し合っているわけで、男性と女性のどちらかが優れているなどという考えはないはずです。
結婚とは、平等な、優しい、寛容な、穏やかな、献身的な、パートナーシップです。

仏教においては、人は、その人を幸せな結婚生活に導いてくれる必要なアドヴァイスをすべて見つけることができます。
もし人が本当に幸せな結婚生活に導かれたいと思うならば、悟った師である仏陀によって与えられているアドヴァイスを放置すべきではありません。
仏陀の言葉の中には、結婚しているカップルのため、また結婚について熟考している人々のための、さまざまなアドヴァイスが与えられています。
仏陀はおっしゃられました。
「もし男性がふさわしい理解ある妻を見つけることができ、女性がふさわしい理解ある夫を見つけることができるならば、どちらも本当に幸運である」と。

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