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ダンマナンダ長老
『ハッピー・マリード・ライフ - 仏教の教える幸せな結婚生活とは?』

第四章 仏教徒における結婚の考え方

「生まれることと苦しみ」について言われてきたことを見て、ある人々は仏教の言っていることは結婚生活に反対していると批判してきました。彼らは間違っています。仏陀は決して結婚生活に反対したことは述べていません。しかしながら、仏陀は、結婚の責任を担うときに人が直面しなければならないあらゆる問題や困難や心配事を指摘しています。
仏陀がある人に結婚における問題を単に警告したという理由だけでは、仏陀が結婚をとがめたということを意味することにはなりません。

結婚という行為はそれ自体では、人がいまだにより多く身体的な世界に愛着を持ち、なので精神的な能力が渇愛や愛着や人間的な感情の影響を受けていることを含意しています。
それは自然なことではありますが、いろんな問題が生じてくることでもあります。この問題は、私たちが他の人々の必要性を考慮しなければならない時に、そして他の人々が必要としていることに従わなければならない時に起こります。


・宗教の役割

自我の本性を深く分析することは、私たちが自分の問題や心配やみじめさが生じてくるもととなるものを理解することに、そしていかにそれらを克服するかにおいて、とても助けとなる重要なものです。
この世で、宗教的なアドヴァイスは、静穏な生活を維持するために重要なものです。
しかしながら、人はいかなる宗教の奴隷にもなるべきではありません。
人は宗教のためのものではありません。宗教が人のためにあるのです。このことは、品位ある方法において、自らの向上と自らの幸福のために、どのように宗教を役立てるかを、人は知らなければならないことを意味しています。
盲目的な信仰や強制によって、ある宗教の誓いや教えや命令に単に従うことによっては、
それらのことを遵守する義務の束縛のもとに自分があることを考えても、適切な理解を育むことはないでしょう。

仏教におけるひとつの重要な側面は、仏陀がいかなる宗教的な法律も命令も課していなかったということです。
仏陀はユニークな先生でした。仏陀は、私たちの生活方法に適して私たちを支えるために規律となる慣例を始めました。その教えに従う人々は自発的にそのアドヴァイスに従ったわけで、義務的な宗教の法律として従ったわけではありませんでした。そのアドヴァイスに従うかどうかは私たち次第であり、何が自分や他の人々にとって良いことかという私たち自身の理解や経験を介したものだったのです。
試行錯誤を通じて、私たちは平安と幸福をもたらすそのアドヴァイスに従うことを学ぶことでしょう。

人は世俗的な生活の本性を理解しようとすべきです。問題に直面しなければならないことを知ることによって、人は心を強くすることができ、結婚するならば起こるかもしれない問題に直面した時の準備をよりしておくことができることでしょう。
宗教は問題を克服することを助けるために重要です。若かった時に学んだ宗教的な原則はなんであれ、誤解や失望や不満を避けることに適していることでしょう。同時に、宗教を通じて学んだ、忍耐や理解のようななんらかの良い性質は、平和な結婚生活に私たちを導くことに役立つ重要な資産です。

通常、相互理解の不足によって、多くの結婚したカップルはみじめな生活に導かれます。その結果は、なんの罪のない子どもまでも苦しまねばならないことになります。幸せな結婚生活に導かれるために自分の問題をいかに取り扱うかを知っていることはずっと良いことです。宗教はこのことをなすにあたってあなたを助けることができます。

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