~生きとし生けるものが幸せでありますように~

ダンマナンダ長老
『ハッピー・マリード・ライフ - 仏教の教える幸せな結婚生活とは?』

第九章 道徳について

・婚前交渉について(結婚前の性交渉について)


婚前交渉は現代社会において大変な議論となっている問題です。
多くの若い人々がこのデリケートな問題についての意見を知りたがっています。
一部の宗教家は、姦淫とみなされるべきだと言い、他の宗教家たちは非道徳的で非正当なことだと言っています。

過去においては、若い少年少女は、結婚するまでは自由に行き来することを親が許してはいませんでした。
結婚は親がお膳立てしまとめあげていました。
もちろん、親がお金や社会的な地位や家族の義務やそういった事柄をもとに結婚相手を選ぶ場合、一部のケースにおいてはこれは不幸の原因ともなっていました。
しかし、一般的には、親の大多数は、子どもが受け入れることができるような結婚相手を選ぼうと、大変一生懸命に努力していました。

今日、若い人々は自由に自分のパートナーと交際し、パートナーを探すことができます。
若い人々は自分の人生において多くの自由と独立を持っています。
このことはそれ自体としては悪くないことですが、一部の若い人々は、あまりにも若く、あまりにも未熟で、性的な魅力と真実の相性との間の違いを理解することができません。
このことが婚前交渉によって問題が生じることの理由です。

セックスに関する事柄であまりにもだらしないこともまた、現代社会において社会的な問題を生じさせています。
その悲しむべきところは、現代人がフリーセックスについてまったく自由である一方で、一部の社会が未婚の母や、非嫡出子や、離婚に対してリベラルな態度を表明していないことです。
結果として、若い人々は、両性の自由な交際を促しているその同じ社会によって、罰せられ続けることになっています。
そうした若い人々は、社会ののけ者となり、大変な恥と屈辱に苦しみます。
多くの若い少女たちが、自分自身の自由の犠牲者となり、西洋でも東洋でも重視されてきた昔から続いている伝統を破ったということで、自らの将来を台無しにしています。

婚前性交渉は、今日の若い人々の間で過剰な社会的な自由が行きわたっている結果として生じている、現代的な発達のためです。
仏陀はそのような行為について、支持も反対もどちらも強くはしていません。しかし、すべての仏教徒、特に愛しあう男女と結婚を考慮している人々は、結婚の日まで貞節を維持するという昔から続く伝統的な考え方を遵守すべきだと考えられます。
人間の心は不安定で常に変化するものであり、不法な行為や無分別な行為は、もし合法な結婚が期待通りに行われないならば、どちらの当事者にも不必要な害を与えることを引き起す結果となるでしょう。
きちんと執り行われた適切な結婚の前においてどのような形であれセックスに耽ることは、若い人々を保護する立場の年長者たちに軽蔑されるであろうことは忘れてはなりません。


・性的非行について

在家の人々は、仏陀の教えにおいて、性的な非行を避けるようにアドヴァイスされています。
その意味は、もし人がセックスをしたいと思うならば、いかなる暴力や強制や脅迫や恐怖を生じさせることを伴わず、しなければならないということです。
パートナーを尊重している品格あるセックスライフは、仏教では反対されません。
世俗の生活を放棄する準備がまだできていない人々にとって必要なことだと、受容されています。

仏教によれば、すでに結婚している人と不倫を行う人は、あるいは他の誰かと婚約している人や、親や保護者の保護のもとにある人と結婚以外の性交渉を行うことは、性的非行の罪があると言われています。
なぜならば、社会の規範を破ることになり、第三の当事者が、その人自身の利己心、あるいはその不倫相手の利己心の結果として、苦しむことになるからです。


・無責任な性的行動について

仏陀はまた、もし年をとった人が相手との年齢のつりあいを考えずに結婚するならば直面しなければならないであろう結果についても、言及しています。
仏陀によれば、無責任な性的な行動は、人生の多くの側面においてその人の没落の原因となりうるものです。

この世界のあらゆる国々は、セックスの乱用に関して制限する法律をはっきりと持っています。
繰り返しますが、仏教は、もし法律が公共の利益のためのものであれば、その国の法律を尊重し遵守しなければならないことを提言しています。

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