~生きとし生けるものが幸せでありますように~

ダンマナンダ長老
『ハッピー・マリード・ライフ - 仏教の教える幸せな結婚生活とは?』

第一番目の幸せとは、人が一生懸命働き、熱心に努力したことにより、

富や家土地・財産をうまく増やしていく時にもたらされるものです。

このように得られた富や財産を、家族の幸せのために、釈尊は奨励されています。

このような態度が、人が世俗的な所有を持つべきではないという見解を与えるでしょうか?


第二番目の幸せとは、自分や家族の利益のために一生懸命稼いだ富を使い、

消費することによって、得ることができる楽しい経験です。

その人は、他の人に害となることもなく、宗教の定めていることに違背することもなく、人生を楽しむものです。

このことを、釈尊は仏教徒としての生き方の一部として認めておられますし、

人が世俗的な所有を持つべきではないという一部の誤った見解とは正反対のものです。

もちろん、人が俗世を捨てて、僧侶になる時には、その時はその人はすべての世俗的な所有をあきらめます。

しかし、釈尊は、日常生活を生きる在家の人にこれと同じことを勧めてはおられませんでした。


第三番目の幸福とは、いかなる負債も持たず借金から免れている人が経験する幸せです。

釈尊は、収入に応じて支出をいかに調整するかを人は知らなければならないとも助言しています。

人は、緊急の出来事以外においては、日々の生計を他の人に依存しないようにすべきです。


四種類目の幸福とは、最高のレベルの幸せとみなされています。

それは、他の人に害を与えたり傷つけたりすることがなく、

富と財産を稼ぎ増やすことをできた人に実現されるというものです。

このような幸福は、今生と来世を通じる素晴らしい経験となると釈尊はみなしておられます。

これらのさまざまなタイプの幸せを、人間の経済的な生活に関して、

釈尊は明確にお説きになり、お示しになられました。

こういうわけで、上記の見解は、人は世俗的な生活を担うべきではないとする

誤った考えと明らかに正反対です。

釈尊は、彼の教えに従う人々に、一生懸命働いて稼いだ富を

注意深く大事にすべきだとさえ助言されました。

そのために、節約し、困った時のためになんらかの準備を注意深くしておくべきだと助言されました。

ゆえに、釈尊がすべての人に世俗的生活を放棄するようには望んでおられなかったことは明らかです。

また、森の中に瞑想のために隠遁することをすべての人に望んでおられなかったことも、明らかなことです。

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